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大阪高等裁判所 昭和23年(上)39号 判決 1948年6月08日

上告人 被告人 中田武三

辯護人 小西喜雄

檢察官 飯田昭關與

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

辯護人小西喜雄の上告論旨は末尾添付の上告趣意書記載のとおりであつて、これに對して、當裁判所は、次のように判斷をする。

第一點について

所論は原判決が印鑑一個(證第一號)を被害者に還付する言渡をしたことを非難するものであるが、賍物の被害者還付についての不服の申立の如きは附隨的裁判に對する上訴たる性質を有するものであるから、訴訟費用に對する不服の申立と同じく、本來の裁判に對する上告の理由のないときは不適法として排斥すべきは、刑事訴訟法第二百四十二條の趣旨に照して明かである。

しかして本件において、本案の裁判に對する上告の理由のないことは、後に説明するとおりであるから、論旨は結局理由がない。

第二點について

原判示第三の(一)乃至(五)の事實は上告趣意書冒頭摘示の如くであつて、かかる事實關係において、被告人が貨物に附着している荷札をもぎ取り、新に自己の望む着驛名、架空の荷送人、荷受人名を記載した荷札を附換えただけでは、該荷物の占有はいまだ被告人に移轉したというを得ないから、これによつて、窃盗罪が成立したと認めることができないのはもちろんである。

原審公判調書によれば原審は占有侵奪について審理を遂げた上前示のように事實を認定し、これをもつて詐欺罪に問擬したものであつて、何等所論のような違法なく、論旨は理由がない。

第三點について

證據調の範圍は原則として裁判所の自由に決し得べきところであるから、たとえ所論の如き事實があつても、原審においてすでにその必要がないと認めた以上、これを訊問するを要しないことは明かである。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四百四十六條に従つて、主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 大野美稻 判事 態野啓五郎)

辯護人小西喜雄上告趣意

第一點原判決はその主文に、押收に係る西島と刻してある印鑑一個(證第一號)は被害者に還付する、と判決している。

刑事訴訟法第三百七十三條に依れば、押收した賍物で被害者に還付すべき理由明白なものは之を被害者に還付する言渡をするのが當然である。然し本件記録中昭和二十一年十二月十八日附司法警察吏巡査南竹夫作成印鑑遺失者調査方の件復命によると、何人からもその届出がなく、その所有權が放棄されていることが明かであり又期間の經過によつてその所有權が他に歸屬していることも明らかである。かうした場合には、其物が犯人以外の者に屬せざるものとして、刑法第十九條の規定に從い、没收の言渡をすべきではないか、と法律上の違背を疑ふ。

第二點原判決記載第三の(一)乃至(五)の事實は詐欺として刑法第二百四十六條第一項が適用されてゐるが、此の事實は窃盗として刑法第二百三十五條に該當するものと判斷されなくてはならないのではないか。鐵道局の取扱中に係る貨物の内容にある物件の占有は依然として運送を託した荷送人にある。その貨物に附着していた荷札を、新荷札と附換え、荷受人荷送人を變更すると同時に占有が移轉し窃盗の罪が構成されたものと見るのが至當であり、着驛を變更したり、日本通運株式會社支店の係員を欺罔したりすることは、窃盗の目的を完全に果すための手段に該當するに過ぎないのではないか。擬律に間違ひのあるやうに思はれる。占有移轉についての被告人の行爲事實につき審理の盡くされていないのを遺憾とする。原判決を破毀して更に慎重な御裁判を希望して止まぬ。

第三點原審第一囘公判では、情状に關するのみの證人ではあるが、證人として櫻井定次の訊問を申請して却下された。之は法律上の違背とならぬことが御廳の裁判例によつて、明かであるが、適切慎重な裁判を希望する上から觀て審理不盡の遺憾があると謂はなくてはならぬと思う。犯人の性格年齢及境遇並犯罪の情状及犯罪後の情況によつては、訴追を必要とせず公訴を提起しなくても良い刑事訴訟法の規定のある以上、裁判の上での刑の量定も亦之等の事情を充分参酌して爲されなくてはならないのが當然である。原審公判で申請した證人では情状に關する證人ではあるが被告人にとつては唯一無二の證人である。それが無下に却下されたことは、被告人に對する利益な判斷資料が裁判所に顯出されないことになつて、何時までも被告人に遺憾の念が残される。

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